
ブリングハピネスを立ち上げる前、私はファンシー雑貨メーカーの仕入部門で仕事をしていました。
生産地は中国でした。中国系、台湾系、外資系など、様々な背景を持つ工場を担当しました。
ときには工場の選定を巡って、ひそかに不満を持つことがありました。もう20年近く前の話になります。
当時の工場の位置づけ
当時、多くの外資系のファンシー雑貨メーカーが、中国に工場を設立していました。
高品質のラインに外資系工場があり、次いで台湾系、安心価格のラインに中国系工場がありました。
会社のメインは外資系工場でした。
私は中国系の工場を担当していました。
中国留学経験があったので、中国系工場とは通訳を介さず、経営陣とも直接話をすることができました。やりとりを重ねるうちに、誠実さも伝わってきて、自然と親しみを持つようになりました。
当時の中国は高度成長のまっただなかでした。工場には「追いつけ追い越せ」「なにするものぞ」という空気感がありました。どうやったら、外資系の品質に近づくことができるか、たびたび話し合いました。
外資系工場を選ぶ理由
入社してまもない頃、外資系の工場を担当したことがありました。
私が売り上げとはあまり関係ない間接部門にいたからなのか、私自身のコミュニケーション能力の問題だったのか、距離が縮まることはありませんでした。
製品についてちょっとしたクレームを出したときのことです。少し強い言葉を返されたことがありました。
経験が浅い私からクレームが来て、腹が立ったのかもしれません。
その時の苦い思い出もあり、中国工場と関係が深まるたびに「外資系に負けてたまるか」と思うようになりました。
社内でも、中国系工場はつきあいやすく、こなれた価格を出すことができ、品質も悪くないという評価をされていました。
それでも会社がメインとして選ぶのは、いつも外資系の工場でした。
当時は心の中で、
「なぜあの工場ばかりひいきするのか」
「外資系だからなのか」
「値段が高いのに、なぜそこに頼むのか」
鬱屈とした気持ちを持つこともありました。
売れる品質という考え方
ファンシー雑貨メーカーでは9年間勤めました。
退職後、ブリングハピネスを立ち上げてさらに11年が経ちました。
製造するだけではなく、「売るための商材」としての靴下に向き合ってきました。
デザインの見た目が同じでも、産地や工場が変わるだけで、製品にまとう空気感が圧倒的に違うことに気づくようになりました。
あくまでも仮説ではありますが、
- デザインやキャラクターに、優れた工場で製造された品質の空気感を加えることで、「売れる」ための後押しができるのではないか。
- すぐに数字として表れなかったとしても、中長期的に、ブランドの成長を大きく左右するものではないか。
と考えるようになってから、10数年前に経験した、外資系と中国系の工場を巡る出来事をたびたび思い出すようになりました。
「会社が外資系の工場を選び続けた理由も、製品にまとう空気感にあったのかもしれない」
そう思うと、前職のファンシー雑貨メーカーの工場選びは、売るための商品開発に向き合った結果だったのだと感じました。
20年近くのときを経て、今さらながらに、ものづくりメーカーとしての考え方を学ばせてもらったと思っています。
岩村 耕平
合同会社ブリングハピネス代表
靴下マイスター
東京都練馬区生まれ。
中華圏と携わって34年目。中華圏でのものづくりの仕事をして24年目。
業務のコミュニケーションはすべて中国語で行う中国語の達人。
大手ぬいぐるみメーカーで通訳、貿易事務、生産管理を経験ののち、靴下OEM製造の魅力に取りつかれ独立。
2014年、合同会社ブリングハピネスを立ち上げる。

ブリングハピネスのコンセプトができるまで>>
